タランティーノの脚本の魅力とは【イングロリアス・バスターズ】

本日も「ミミュー夫人のエピソード全訳」で訳出したタランティーノの脚本の未公開シーンを題材に、英語の解説をしてみたいと思います。

とは言っても、こんかい引用する英文はとくに文字数を割いて解説したいようなボキャブラリーがなかったんですね。

なので、英語の勉強はさくっと終わらせて、そのぶん、あとがきをちょっと長めに書きたいと思います。

引用した部分はショシャナが映画館の屋根の上でタバコを吸いながら、亡きミミュー夫人のことを思い出す未公開シーン。
映画本編では、ショシャナがフレデリック・ゾラーと初めて出会うシーンの直後に入る予定でした。

和訳はこちらを参照してください。
(アンカーで該当箇所に飛ばしています)

Shosanna stands on the roof of her cinema, late at night, lighting up a cigarette. As she takes her first big drag, she remembers a voice.

FLASH ON

MADAME MIMIEUX, the younger Shosanna, and the black projectionist, Marcel, in the projection booth. Shosanna
lights up a cigarette, and Madame Mimieux SLAPS her face
HARD, knocking the cigarette out of her mouth. Marcel
quickly STAMPS it out on the floor.

MADAME MIMIEUX : If I ever see you light up a cigarette in my cinema again, I’ll turn you in to the Nazis, do you understand?

Shosanna is shocked by this statement.

SHOSANNA : Oui, Madame.
MADAME MIMIEUX : And for bringing an open flame into my cinema, you deserve far worse than a Nazi Jewish boxcar. With your thick head, what do you think the highest priority of a cinema manager is? Keeping this fucking place from burning down to the ground, that’s what! In my collection, I have over three hundred and fifty 35mm, nitrate film prints, which are not only immensely flammable but highly unstable. And should they catch fire, they burn three times faster than paper. If that happens . . . POOF . . . all gone, cinema no more, everybody burned alive. If I ever see you with an open flame in my cinema again, I won’t turn you into the Nazis. I’ll kill you myself. And the fucking Germans will give me a curfew pass. Do you understand me?
SHOSANNA : Oui, Madame.
MADAME MIMIEUX : Do you believe me?
SHOSANNA : Oui, Madame.
MADAME MIMIEUX : You damn well better.

BACK TO ROOF

Shosanna exhales cigarette smoke.
Marcel comes onto the roof.

MARCEL : Are you well?
SHOSANNA : Even on the roof I can’t smoke a cigarette without hearing Madame’s voice yelling at me. That’s why I do it. To hear Madame’s voice again.
MARCEL : We both miss her.
SHOSANNA : I know. I’m fine, darling. I’ll be
to bed soon.

Marcel goes back inside. Shosanna smokes.




注目ボキャブラリー

turn someone in to = (警察や司法期間へ容疑者や犯罪者などを)突き出す、引き渡す

open flame = むき出しの火、裸火

deserve = (報いなどを)受けるにふさわしい

boxcar = 有蓋車(屋根のある貨車)

thick head = 鈍い頭

priority = 優先(すること)

burn down = 焼け落ちる

burn to the ground = 全焼する、焼失する

nitrate = ニトロセルロース

nitrate film = ナイトレートフィルム

immensely = 非常に、とても

unstable = 不安定な

three times = 3倍

POOF = パッ、フッ(手品などでモノが消えるときの擬音)

burned alive = 生きたまま焼かれる、火あぶりにされる

curfew = 門限、夜間外出禁止時間、消灯令

damn well = ちゃんと、しっかりと

yell = 大声で叫ぶ、怒鳴る

タランティーノ壁

限りなく本題に近いあとがき – タランティーノの脚本の魅力について

本日をもって、「ミミュー夫人のエピソード全訳」で訳出した部分の英語の解説はすべて終了しました。

カットされた未公開シーンだとは言っても、ストーリー上けっこう重要な伏線がいくつも隠れていましたね。

私はタランティーノの脚本はほぼすべて原書で読んでいますが、彼の脚本はいつも長く、映画化の段階で欠落した伏線は多かれ少なかれ、必ずあるんですね。

なので、これからもこんな感じで、タランティーノの全作品からひとつひとつ、重要な伏線が隠れているおもしろい未公開シーンを英語の教材として取り入れていきたいと思います。

いわゆる映画というより、読みものとしての文学作品で英語の勉強をしている、という感覚で、楽しみながらボキャブラリーや読解力を身につけていってくださればと思います。

それにしてもこの、タランティーノの脚本の長さ、映画から抜け落ちた伏線の多さは、『キル・ビル』以降の作品で顕著になってきている印象があります。

その流れで、最近のタランティーノの脚本を読んでいて、私のなかに浮かんできたひとつの疑問があったんですね。

というのは、『キル・ビル』以降の脚本を読んでいてとみに感じるのは、まるで映画ではカットされることがわかりきってて、あえて長々と書いている、という印象が強くなってきているんです。

「映画にしたら長すぎてしまうし、撮影した後でカットしたら伏線がいつくか欠落してしまうから、脚本の段階でもう少し削ろう」と考えた形跡がほとんど見当たらない。

映画は映画として別モノで、とりあえず脚本を書くときは、それはそれとして書いている、という感じなんです。

私はこれがずっとタランティーノに対するささやかな疑問だったんですが、あるとき、どこかでタランティーノのインタビューを聞いていて、すべて納得がいったんですね。

タランティーノは某インタビューで、「僕は脚本を小説として書いている」とはっきり言っているんです。

うろ覚えなので、綿密なものではないですが、そのインタビューでタランティーノはだいたいこんなようなことを言っていました。

「脚本は映画の青写真という考え方もある。しかし僕の脚本は、それ単体で読み物としても楽しめる、小説のようなものとして書いているんだ。映画は映画として、僕は原作の小説をその場で映画化しているつもりで撮影しているよ」

これはまったく私がタランティーノの脚本を読んでいて感じていた印象の裏付けになる内容だったので、まさに我が意を得たりとばかりにしっくり腑に落ちたわけです。

『キル・ビル』の脚本なんて、読んだことあるかたはわかると思いますが、もうほとんど映画とは別モノですね。
映画と切り離しても、普通に本屋で売ってる小説や戯曲と同じように、読み物としてじゅうぶん楽しめる、立派な文学作品だと言えます。
(いやむしろ、『キル・ビル』は映画より脚本のほうが数倍おもしろい)

それにタランティーノの脚本のなかには、カットされた細かな伏線だけでなく、映画本編ではわかりにくい、登場人物の細かな性格分析、ディテールの書き込みがいっぱいあるんですね。

また、実際の映画本編に残っているシーンでも、文字数が制限されている字幕や吹き替えでは伝えきれていない、凝った文章表現やニュアンスもたくさんあります。

つらつら思うんですが、タランティーノの脚本を普通に小説や戯曲のように文学作品として訳出して出版しても、けっこうおもしろく読んでもらえるんじゃないでしょうか。

以前なぜか『フロム・ダスク・ティル・ドーン』の脚本だけが新潮文庫から訳出されて出版されたことありましたけど、ああいうのをもっとやったらいいと思います。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。