映画【イングロリアス・バスターズ】のセリフで学ぶナチスと戦争

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Stahlhelm

『イングロリアス・バスターズ』がよりおもしろくなるかもしれない
シリーズ第2弾。

前回の「映画の歴史」に続いて今回は「ナチスと戦争」編でおおくりします。

『イングロリアス・バスターズ』のセリフをネタに、「ナチスと戦争」についての雑学というか、ウンチクを解説いたします。

毎度のことで恐縮ですが、ここは英語を勉強するブログですので、英語以外のセリフは、タランティーノの脚本から英語の文章を引用しています(一ヶ所だけ例外あり)。

各固有名詞の説明は主に wikipedia の情報を参考にさせていただきました。




目次

ヨーゼフ・ゲッベルス(Joseph Goebbels)

『イングロリアス・バスターズ』のキャラクターでいちばん登場回数が多い実在の人物がヨーゼフ・ゲッベルス。
実際のゲッベルスはどんな人だったんでしょうか。

ヨーゼフ・ゲッベルス(Joseph Goebbels)
映画本編のテロップにも出てくる通り、第三帝国でヒトラーに次ぐナンバー2の権力者(The number two man in Hitler’s Third Reich)。
映画制作など、メディアを使ったプロパガンダで活躍した。
敗戦後、ヒトラーに遺書でドイツ国首相に任命されるが、その意思に背き、1945年ヒトラーの後を追って自殺。
(参考資料:wikipedia)

下のインタビュー動画によると、ブリジット・フォン・ハマーシュマルク役の女優ダイアン・クルーガーのおじいちゃん(ドイツ人)が『イングロリアス・バスターズ』を見て、「映画は楽しかったけど、ゲッベルスはムチャクチャだ。こんなしゃべり方しないし」と言ったそうです。

ダイアン・クルーガーのインタビュー

下の写真をみても、顔はそこそこ近い感じの俳優さんを選んでいるのはわかりますが、雰囲気とか、あまり似てませんね。

本物と映画のゲッベルス

映画(左)と本物(右)のゲッベルス(出典:FANDOM

ドイツ人の蔑称あれこれ

この映画ではドイツ人(ドイツ軍人)がいろんな呼び方をされていますね。

そこで、『イングロリアス・バスターズ』で学ぶ、戦争中に使われた「ドイツ人・ドイツ軍人の蔑称あれこれ」をまとめてみました。

まずはアルド・レイン中尉のセリフから。

Hey, Hirschberg. Send that Kraut sarge over
(よっしゃ、ヒルシュベルク、そのドイツ軍曹くんをこちらへ)

Kraut = ドイツ語で「キャベツ」の意味。戦争中にドイツ人の蔑称として使われた。

次はイギリスから、エド・フェネク将軍のセリフ。

But the Jerries have heard of them, because these Yanks have been them the devil.
(しかしドイツ兵はみんな知ってるよ。彼ら [バスターズのこと] は奴らにとって悪魔だからな)

Jerries = Jerry の複数形
第二次世界大戦中に主にイギリス人のあいだで使われたドイツ人・ドイツ兵を指す差別語

ドイツ人のヘルメット(stahlhelm)が“おまる(jerry)”に似ていたからという説と、単純に German(ドイツ人)に発音が似ているから、という説がある。

Stahlhelm

Stahlhelm

こちらはショシャナのフランス語のセリフから。
(タランティーノの脚本では違う言葉が使われているので)

Il faut que je descende sympathiser avec les chleus
ドイツ人どもの接待しないといけないから下に行くね)

chleus = 第二次世界大戦中にフランス人によって使われたドイツ人を指す蔑称
「シルー」と発音。アラビア語源で「フランス語がしゃべれない奴」の意味だそうです。schleuh とも綴られる。

ちなみにこの chleus の部分、タランティーノの脚本では Hun pigs(フン豚ども)になっています。
Hun というのはフン族のことで、野蛮な人たちの暗喩でよく使われます。

ドイツの食べ物あれこれ

この映画ではドイツ軍人をバカにしたセリフでドイツの食べものがよく出てきますね。

というわけで、セリフに出てくるドイツの食べものを集めてみました。

まずはアルド・レイン中尉のセリフから。

So if you ever want to eat a sauerkraut sandwich again, you got to show me on this here map where they are.
(さあ、またザワークラウト・サンドイッチが食べたいなら、この地図で、仲間の居場所を教えろや)

sauerkraut = キャベツの塩漬け

sauer = 酸っぱい
kraut = さっきも出ましたけど「キャベツ」

ザワークラウト

ザワークラウト(Sauerkraut)

こちらもアルド中尉の同じシーンのセリフ。

Now, take your Wiener-schnitzel-licking finger, and point out on this map what I want to know.
(さあ、そのウィーン風シュニッツェルをペロペロした指で、オレの知りたいことをこの地図の上で指し示すんだ)

Wiener-schnitzel = ウィーン風シュニッツェル
ウィーンの名物料理のカツレツ。

ウィーン風シュニッツェル

ウィーン風シュニッツェル(Wiener-schnitzel)

シュニッツェルといえば、映画ファンには『サウンド・オブ・ミュージック』の名曲『My Favorite Things』の歌詞の「schnitzel with noodles(パスタを添えたシュニッツェル)」という部分を思い出す人、多いんじゃないでしょうか。

次もアルド中尉のセリフですが、ずっと後半の、ドイツ軍に拘束されながら悪態をつくシーンから。

You Jerry-banging, Limburg-smelling!
(この腐れ外道のドイツやろう!)

Limburg = 恐らくリンバーガー(Limburger)チーズのこと
ベルギー発祥のチーズですが、現在はドイツで生産されているので、ドイツの名物チーズになっています。
恐ろしく臭いのきついチーズなので、つまりアルド中尉はドイツ軍を「リンバーガーチーズのように臭い」と言ってバカにしているんですね。

YouTubeにリンバーガー・チーズのチャレンジ動画がたくさんアップされていますので、食べたことないかた、臭いを嗅いだことないかたは、「Limburger challenge」で検索してみましょう。
そのリアクションだけでどんだけ臭いチーズかわかります。
「Limburger challenge」のYouTube検索結果

ラインハルト・ハイドリヒ(Reinhard Heydrich)

次は名冒頭シーンから、こちらのランダ大佐のセリフ。

Heydrich apparently hates the moniker the good people of Prague have bestowed on him. Actually, why he would hate the name “the Hangman” is baffling to me. It would appear he has done everything in his power to earn it.

ハイドリヒはプラハの善良な市民たちが彼に与えたあだ名が気に食わなかったらしい。なんで“処刑人”と呼ばれるのがそんなに気に食わなかったのか、私には甚だ疑問だね。自分の権限でやったことがすべて自分に返ってきただけのことじゃないか)

ラインハルト・ハイドリヒ

ハイドリヒ(Heydrich)

ラインハルト・ハイドリヒ(Reinhard Heydrich)
ナチスの親衛隊大将。ナチスのユダヤ人ホロコーストの実質的な推進者。
1941年、ヒトラーにチェコのベーメン・メーレン保護領の副総督に任ぜられ、プラハに本部を置き、反体制派の人間を数多く処刑した。
ナチスの法的手続きを無視して拘束者を銃殺刑に処したり、プラハ聖堂前の広場で大規模で派手な公開処刑を催したり、その繰り返される暴虐により、「プラハの虐殺者(The Butcher of Prague)」の異名を馳せる。
他にも「金髪の野獣(The Blond Beast)」など、何かと異名が多い。
1942年、チョコ人部隊によって暗殺される。
(参考資料:wikipedia)

ヴィシー(Vichy)

こちらはパリのカフェで、ドイツ軍人フレデリックのアプローチを拒絶するショシャナのセリフ。

映画本編ではフランス語なので、タランティーノの脚本から英語のセリフを引用します。

If you are so desperate for a French girlfriend, I suggest you try Vichy.
(そんなにフランス人のガールフレンドが欲しいなら、ヴィシーでナンパして)

こちらの動画の1:08の部分(フランス語)

ヴィシー(Vichy)
フランス中部の都市。
第二次世界大戦中にフランスはドイツに占領され、1940年6月に署名された条約で、このヴィシーのみは形の上ではドイツに占領されず、ドイツの傀儡政権として新たなフランスの首都となり、ヴィシー政権が置かれた。
(参考資料:wikipedia)

親ドイツ政府のある都市なので、ドイツ軍人にいい顔してくれる女の子も見つけやすいんじゃないの、ということでしょうね。

ちなみにこのセリフ、DVDの字幕では「フランス人の恋人なら、よそで探して」となっています。

ヨーク軍曹(Sergeant York)

同じシーンのフレデリックのセリフ。
イタリア戦線(タランティーノの脚本ではロシア戦線)でのめざましい戦功をショシャナに自慢しているくだりです。

これも映画本編ではフランス語なので、タランティーノの脚本から英語のセリフを引用します。

They call me the German Sergeant York.
(僕はドイツのヨーク軍曹なんて呼ばれてるんだよ)

こちらの動画の4:06からの部分(フランス語)

ヨーク軍曹(Sergeant York)
アルヴィン・C・ヨーク(Alvin Cullum York)。アメリカの軍人。
戦前は敬虔なクリスチャンだったが、第一次世界大戦がはじまると、徴兵されてヨーロッパ戦線へ送られる。
射撃の腕がよく、次第に頭角をあらわす。
1918年10月8日のフランスの「アルゴンヌの戦い」で、自軍の10倍以上もの勢力があるドイツ軍と戦って大勝利をおさめた。
(参考資料:wikipedia)

この「アルゴンヌの戦い」は、1941年にハワード・ホークス(Howard Hawks)監督、ジョン・ヒューストン(John Huston)脚本、ゲイリー・クーパー(Gary Cooper)主演『ヨーク軍曹(Sergeant York)』というタイトルで映画化しています。
著作権が切れているようで、YouTubeで全編がアップされていて無料で見れますね。

ちなみにヨーク軍曹は25名のドイツ兵を殺害、132名のドイツ兵を捕虜にとったそうです。

一方、フレデリックはひとりで300人のアメリカ軍(タランティーノの脚本ではロシア軍)と対峙し、250名を殺害、残りは撤退。

数の上ではフレデリックの圧勝ですね。
ヨーク軍曹が映画になるんなら、そりゃフレデリックも映画になるわな、ってなもんです。

ゲーリー・クーパー主演の映画『ヨーク軍曹』の予告編

コラボ(collabo)

こちらはショシャナのセリフから。
映画のフィルムを現像するために、現像屋さんを恐喝するシーンです。

SHOSANNA : You either do what the fuck we tell you to, or I’ll bury this ax in your collaborating skull.
GASPAR : I’m not a collaborator!

ショシャナ「言う通りにしないと、この斧をあんたのコラボ頭にぶち込むよ」
ギャスパー「俺はコラボじゃない!」

映画本編はフランス語なので、タランティーノの脚本を引用しました。

下の動画の1:57からの部分(フランス語)

コラボ(collabo)= コラボラシオン(Collaboration)の略称
第二次世界大戦中にナチスに占領されたフランスで、ナチスに協力的な姿勢をとったフランス人の行為を指す。
(参考資料:wikipedia)

ナチスに反逆する映画のフィルムを現像するわけですから、「断ったらナチスの肩をもっていると同じことだ、そんな奴はぶっ殺す」と脅しているんですね。

the blitzkrieg(電撃戦)

次はランダ大佐と因縁の再会を果たしたショシャナのセリフ。
ランダ大佐に家族のことを聞かれてショシャナはこう答えます。

My uncle was killed during the blitzkrieg.
(わたしの叔父はあの電撃戦で殺されました)

the blitzkrieg = 電撃戦
「ブリッツクリーグ」と発音。
機甲部隊の高度な機動能力を活用した戦闘のこと。
the がついているので、特定の戦いを指している。ここでは恐らく1940年5月のドイツ軍によるフランス侵攻のときの戦闘のこと。
(参考資料:wikipedia)

以前、訳出したショシャナがミミュー夫人と初めて出会う未公開シーンで、ミミュー夫人が自分にも悲しい過去があったようなことを匂わすセリフがありますね。

Sad stories bore me. These days everyone in Paris has one. I haven’t bored you with mine. Don’t bore me with yours.
(悲しい話はうんざりだわ。今どきのパリじゃ、誰でもひとつはかかえてる。お互いうんざりさせっこはやめましょう)

つまりミミュー夫人は旦那さんをこのブリッツクリーグで殺されていたんですね。

その他のナチ高官たち

プレミアシーンで、会場の中にヘルマン・ゲーリングの姿が見えますね。
また、そのしばらく後のランダ大佐とアルド中尉の会話でボルマン(Bormann)の名前も出てきます。

ヘルマン・ゲーリング(Hermann Göring)
一時はヒトラーの後継者に指名されたこともあるナチス創成期の立役者のひとり。
後半はヒトラーと意見が合わず、評価を落としたが、最終的にはドイツ軍で最高位の国家元帥まで務めた。
1953年、死刑判決を受け、服毒自殺。
(参考資料:wikipedia)

マルティン・ボルマン(Martin Bormann)
ヒトラーの側近・個人秘書を長らく務める。
1945年、服毒自殺。
(参考資料:wikipedia)

OSS = Office of Strategic Services(戦略諜報局)

お次もアルド中尉とランダ大佐との会話から。
ランダ大佐のセリフ。

I’m sure this mission of yours has a commanding officer. A general. I’m betting for… OSS would be my guess.
(君たちの任務にも司令官というものがいるはずだ。いわゆる大将だな。そう……私の勘では、OSSといったところか)

OSS = Office of Strategic Services = 戦略諜報局
第二次世界大戦中のアメリカ軍の諜報機関。
現在のCIAの前身。
主に情報収集と分析、諜報活動、特務活動を司る。
ヨーロッパなどに多数の機関員をおくり、現地人によるレジスタンス(抵抗運動)の設立、及び破壊・撹乱工作を行った。
(参考資料:wikipedia)

YouTubeを検索していたら、興味深い動画を見つけました。
第二次世界大戦中に、敵国である日本のことをよく知るために、OSSが編集した映像です。

バスターズみたいな秘密部隊をヨーロッパに派遣していた他に、情報収集でこんな映像制作をやってたりしたんですね。

あとがき

映画『イングロリアス・バスターズ』で学ぶ「ナチスと戦争」、いかがでしたでしょうか。

『イングロリアス・バスターズ』は史実を折り曲げて描いた荒唐無稽な映画ではありますが、細かなところで歴史的背景をちゃんと踏まえてストーリーを組みたてている感じがしますね。

次回の『イングロリアス・バスターズ』の回は「その他」編をおおくりいたします。

前回の「映画の歴史編」も、まだ未読のかたは、ぜひご一読ください。

コメント

  1. Hohenbrückner より:

    イングロリアスバスターズをたいへん細かく分析、解説していてとても興味深く読ませていただきました。
    私は第三帝国時代のドイツの歴史や軍装などが好きで、イングロリアスバスターズを当時観たときは正直腹が立つ感じでしたが、DVDで何度も観ていると本当に味のある作品で知的な会話劇からバイオレンスに移るリズムに特に魅了されました。
    一点気付いたのですが、ブログ中「ヨーク軍曹」の解説の下りでフレデリックがロシア戦線でとありましたがロシアではなくイタリア戦線ですね。
    だから、劇中映画「国家の誇り」でフレデリックが戦っているのはアメリカ兵です。

    • トム より:

      ご指摘どうもありがとうございます!

      タランティーノの脚本ではロシア戦線だったので、そのまま記事を書いてしまっていたのですが、確かに本編を確認してみたらイタリア戦線でアメリカ兵に変更されていますね。迂闊でした。

      さっそくご指摘通りに記事を修正させていただきました。

      こういった詳しい方からのご指摘は本当に助かります。
      ありがとうございました。