The Lonely Goatherd(抄訳付)で英語の勉強【サウンド・オブ・ミュージック】

今日は『サウンド・オブ・ミュージック』から、とても楽しいミュージカル劇の場面『The Lonely Goatherd(ひとりぼっちのヤギ飼い)』という曲の歌詞から英語の勉強になりそうな表現をいくつかひろってみたいと思います。




goatherd の herd とは?

まずは1番の部分。

High on a hill was a lonely goatherd
Layee odl, layee odl layee-oo
Loud was the voice of the lonely goatherd
Layee odl, layee odl-oo
Folks in a town that was quite remote heard
Layee odl, layee odl layee-oo
Lusty and clear From the goatherd’s throat heard Layee odl, layee odl-oo

小高い丘にひとりぼっちのヤギ飼いさんがおりました
レイオドゥル、レイオドゥル、レイィオー
ひとりぼっちのヤギ飼いさんはおっきな声で
レイオドゥル、レイオドゥル、オー
遠くの町の人たちにも聴こえてきたよ
レイオドゥル、レイオドゥル、レイィオー
ヤギ飼いさんのノドから元気でとおる声が
レイオドゥル、レイオドゥル、オー

goatherd は「ヤギ飼い」という意味ですが、分解すると

goat + herd

です。

goat = ヤギ

では「herd ってなんだろう?」と思って辞書で調べてみたら、

herd =(家畜などの)群れ

という意味でした。

ひとつだけ他の映画から herd の用例をあげておきます。

映画『ジュラシック・パーク』より
They’re moving in herds. They do move in herds
(彼らは群れで行動しているんだな。ああ、群れで行動しているんだ)

(下の動画の2:35からのセリフ)

で、この herd が動詞になると

herd =
(自動詞)群がる
(他動詞)群れを集める

いわゆる「ヤギを集める人」ということで、「ヤギ飼い」になるわけですね。

ちなみに聖書や聖書の引用などでよく使われる shepherd(羊飼い)という言葉の場合は

sheep + herd

ということなんですね。

 * * *

remote は「辺鄙な、遠い」という意味。
遠くから電化製品を操作する「リモートコントローラー」の「リモート」です。

ちなみに英語にも remote controller という言い方はあるらしいのですが、滅多に使わず、普通は remote control と言い表すようです。

映画『バッファロー66』より
Honey, can you pass me the remote control, there? It’s right behind you.
(おい、そこのリモコンとってくれ。お前のうしろだ)

lonely と lusty の解釈について

この歌の題名はよく「ひとりぼっちの山羊飼い」と訳されてますよね。
私もそう訳すしかないと思うんですが、綿密にいうとこれはちょっと正確じゃない気がするんですね。

「ひとりぼっち」と聞くと、なんだかものすごく寂しくて孤独な印象がありませんか?

確かに lonely にはそういう意味もありますが、この歌の場合は、話しの流れからいって、「恋人がいなくてちょっと寂しい」くらいのニュアンスです。

スティーブ・マーチン主演のコメディ映画に『ロンリー・ガイ(The Lonely Guy )』ってのがありましたけど、あれも恋人がいなくて寂しい人たちの映画でしたね。

つまりこの歌のタイトルの lonely は「ひとりぼっち」よりは「独り身の」に近いさびしさを表現しているんですね。

さてそれを踏まえて、歌詞に出てくる lusty(元気いっぱいの)という言葉をどう解釈するか。

この lusty は lust(欲望、色情)が形容詞になった言葉です。

「元気いっぱい」というと、なんだかとてもサワヤカなイメージがありますが、ここは「性欲がありあまっている」みたいな、少しだけギラギラしたニュアンスが入った「元気いっぱい」なのかもしれません。
つまりワンパクな子供が元気いっぱい、というようなニュアンスとはかなり違う感じがします。

同じ lust の形容詞形でも Lustful だと、完全に「淫らな」という意味になりますが、この歌詞の lusty はもっと性欲の要素が下に沈んでいる感じです。

ちなみに同じジュリー・アンドリュース主演のブロードウェイミュージカル『キャメロット』に『The Lusty Month Of May(5月は元気いっぱい)』という曲がありますが、この歌詞の lusty などは「性欲がありあまって」いる要素がもうちょっと前面に出ています。

参考までに聴いてみてください。

トートバッグのトート、または形容詞の叙述用法について

次は2番。

A prince on the bridge Of a castle moat heard
Layee odl, layee odl layee-oo
Men on a road With a load to tote heard
Layee odl, layee odl-oo
Men in the midst Of a table d’hôte heard
Layee odl, layee odl layee-oo
Men drinking beer With the foam afloat heard
Layee odl, layee odl-oo

お城の外堀の橋の上にいた王子様にも聴こえてきたよ
レイオドゥル、レイオドゥル、レイィオー
荷物を背負って道ゆく人たちにも聴こえてきたよ
レイオドゥル、レイオドゥル、オー
レストランでコース料理のまっ最中の人たちにも聴こえてきたよ
レイオドゥル、レイオドゥル、レイィオー
泡だつビールを飲みかわしている人たちにも聴こえてきたよ
レイオドゥル、レイオドゥル、オー

tote(運ぶ、背負う)という動詞が出てきます。
これはトートバッグ(tote bag)の「トート」と同じですね。

carry(運ぶ)のくだけた言い方らしいのですが、あまり聞かない表現だなと思って探してみたら、他の映画でもけっこう用例がありました。

映画『ウエスタン』より
We’ll tote ‘em for you, ma’am
(奥さん、持ちますよ)

映画『ショーシャンクの空に』より
So they let you tote that record player down there, huh?
(じゃあ奴ら、レコードプレイヤーまで持ち込ませてくれたのか?)

前者は西部劇で、言っているのは下級労働者、後者は刑務所が舞台の映画で、言っているのは囚人。
やはりフォーマルな場では使われない、くだけた表現のようです。

 * * *

foam afloat(浮いた泡)という表現。

foam = 泡
afloat = 浮かんでいる

名詞の後に形容詞がきていますが、これは形容詞の叙述用法と言って、形容詞が名詞の補語のような役割で名詞の後ろにくっついているわけです。
この afloat など、a- ではじまる形容詞は叙述用法のみでしか使われないので、名詞を修飾するときは必ず後ろにくっつきます。

この歌の歌詞と一緒に、「a- ではじまる形容詞は必ず名詞の後ろにくる」というルールを覚えておくとよいですね。

ドヤ顔のヤギ

gloat は「満足げに眺める」だけでは不十分

次は3番。

One little girl In a pale pink coat heard
Layee odl, layee odl layee-oo
She yodeled back To the lonely goatherd
Layee odl, layee odl-oo
Soon her mama With a gleaming gloat heard
Layee odl, layee odl layee-oo
What a duet for a girl and goatherd
Layee odl, layee odl-oo

ペールピンクの服着た娘さんにも聴こえてきたよ
レイオドゥル、レイオドゥル、レイィオー
彼女はひとりぼっちのヤギ飼いさんにノドを鳴らして歌い返しました
レイオドゥル、レイオドゥル、オー
それを聴いたお母さんはしたり顔でほくそ笑みました
レイオドゥル、レイオドゥル、レイィオー
なんとまあ、娘がヤギ飼いさんとデュエットしてるわ
レイオドゥル、レイオドゥル、オー

gloat という動詞が出てきます。これは

gloat = 満足げに眺める

と辞書に載っていますが、いろいろと用例を確認すると、これだけでは不十分なんですね。

まず「満足げに」というところ。
ここは、ただ満足なだけじゃなくて、自分が相手に「勝った」という感情が含まれている「満足げ」であるケースが多いです。

例えば「学校のテストで100点満点をとった生徒が、30点しかとれなかった生徒を満足げに眺める」、みたいな。

次に「眺める」という点ですが、ここは眺めるだけじゃなく、その他の行為にも使えるようです。

例えば「学校のテストで100点満点をとった生徒が、30点しかとれなかった生徒の前で小躍りしてみせる」とか。

つまり gloat の意味は

gloat = これみよがしに自慢する

ということにもなるようです。

もしくは、最近の新しい日本語で「ドヤ顔する」ってのがありますけど、あれを gloat の訳語に当てるとぴったりする場面も結構ありそうです。

しかし「満足げに眺める」と「これみよがしに自慢する」ってずいぶん違うなと思うんですが、YouTubeなどでいろいろと用例をみると、どうも後者の意味合いの方が強い印象があるんですね。

例えば1999年2月に『サタデー・ナイト・ライブ』で放送された「Clinton Refuses to Gloat(クリントンはこれみよがしに自慢したりしない)」というコント。
おそらくクリントン大統領(当時)が不倫疑惑による弾劾裁判に勝利したことをネタにしたギャグだと思いますが、このコントを見ると「これみよがしに自慢する」さまざまな行為が gloat として出てきます。

さて、それを踏まえてこの歌の歌詞をみてみると、どうしてお母さんは娘さんと羊飼いさんのデュエットを見て gloat したのか。

おそらくこのお母さんは、娘さんが“いいひと”を見つけてきたのをみて
「あらまあうちの娘もそんな年頃になったのね。わたしもそんな時代があったわ。ムフフ」
と、少し斜に構えた感じで、からかいげに眺めていた、という感じなんじゃないかと思います。

お母さん人形の表情も本当にそんな感じですよね。

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