スタンリー・キューブリック監督の映画『バリー・リンドン』にはところどころフランス語をしゃべるシーンがありますね。
とくに私が興味をそそられたのが、夫のレドモンドに浮気をされたリンドン伯爵夫人が、湯浴みをしながらフランス語の詩の朗読に耳を傾けるシーン(上に貼った動画では2:06からの部分)。
ちょっと気になって、ここで朗読されている文章を調べてみました。
ここで読まれているのは、1769年にフランスで出版された『一時的な流行の書簡と小品集 第5巻(Collection d’Héroïdes et pièces fugitives)』という本だそうです。
タイトル通り、いろんな作者の作品が収められている当時の流行通俗本のようで、朗読されている部分はバルナベ・ファルミアン・デュロソワ(Barnabé Farmian Durosoy)という人の書いた『感覚、6つの詩歌(Les Sens, Poeme en six chants)』という作品の『第6章 悦楽(La Jouissance)』の一節だそうです。
本も作品も作者も現在ではぜんぜん有名じゃありませんね。
私はこのことを調べてみて、さすが細かいところにまで徹底的にリアリティを追求するキューブリックだなと感心しました。
この『バリー・リンドン』の時代背景を考慮に入れ、この当時に出版されたばかりの本をわざわざ調べて使っているんですね。
ここで朗読される文章にはDVDにも字幕がついていなかったので、ちょっと私が訳してみました。
惹かれあうふたりの心がその肉体でつながり合う。それらふたつの燃える映し鏡が、光を強め、反射しあう。光彩は次第に集まり、ばらけ、美しく絡み合いながら高まってゆく。そしてさらに激しく連なり同時に合体する。咲いたばかりのエナメルの花々に飾られた緑のベッドの上が、なんと壮大な眺めであろうか!
極めてフランスらしい、中身のない、ただベッドの上で男女が絡み合う様が、観念的な言葉の積み重ねでこってりと描写された文章なんですね。
この文章が、夫のレドモンドに見放され、ひとり孤独に悶々と湯浴みをするリンドン夫人の退屈な日常に流れることを考えると、鮮烈な対比が浮かび上がってきます。
こうやって細かいところを吟味すると、キューブリックの完全主義者としてのこだわりが垣間見えてすごいな、と思います。